誰がかけた?
前の職場の同僚から聞いた話。
その同僚(以後Aさん)は、仕事の関係で携帯電話を二つ持ってた。
ある休みの日、Aさんはちょっと近所まで散歩しに出た。「スーパーで買い物でもするか」というくらいの外出だったし、基本的に土日は緊急の電話なんてない。だから仕事用のガラケーは家に置いて、私用のスマホと財布だけポッケに放り込んで家を出たそうだ。
晴れてて気持ちよかったから、スーパーまでの道をいつもより遠回りしながらのんびり歩いて、買い物して、日が暮れたくらいの時間に帰宅した。
それからポッケの中身をテーブルに出したら、スマホに通知が来てる。
あれ?スマホ鳴ったっけ?って思ったけど、まぁ気付かないこともあるよなぁと思って通知欄を開く。着信があったみたいだった。
最近の連絡手段はLINEみたいなメッセージ系アプリが主で、電話はあんまりかかって来ないから、「もしかして誰か急用かな」と思ってすぐに番号を確認した。でもその着信は登録してない番号からで、電話番号がパッと表示された。
見覚えのある番号だな、と最初は思ったらしい。
そして、番号のひとつひとつを記憶を手繰りながら眺めているうちに、不意に鼓動が早まるのを感じた。
これ、俺の仕事用の携帯の番号だよな。
自分の仕事用の携帯から、自分の私用の携帯にかけるなんてシチュエーション、ない。だから仕事用の携帯番号なんて登録してなかったけど、名刺にもこの番号が印字されてるし、間違えようがない。背筋が寒くなるのと同時に、変な汗がにじむ。この携帯、家に置いてったよな?家の鍵もかけたよな?
プルルルルル…
思わず声を上げそうになる。聞きなれた音が、こんなに不気味に聞こえる瞬間がくるとは思わなかった。仕事用のガラケーが鳴っていた。離れた棚の上で、小さなライトが着信を知らせるために点滅している。おそるおそる近づいた。
いや、普通に仕事の連絡かもしれないし。
そう思いながら、二つ折りの携帯を開く。そこに表示されていたのは、登録名ではなく、ひとつの電話番号。
090-****-****
まぎれもなく、そこに置いてある、誰も触っていない、自分のスマートフォンの番号だった。
Aさんはその後、とりあえず両方の携帯の電源を落として、週明け会社に行ってから人の多いところで初めて電源を入れなおしたらしい。
ただそれだけだし、そのあとも何もなかったからあんまり怖くないでしょ、とAさんは笑ってた。
けど、一人っきりの暗くなり始めた部屋で、触ってないはずの電話から目の前で着信があるって、リアルに想像したら結構怖い気がする。
(了)
書いた人:イチ